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夢をどこで諦めるのか?決断は難しいな

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きれいごとだけで済ますならば、「夢を追い続ければ叶うはずよ」という話になるんだろうけど、実際にはそれで片付けられない「夢を追う」ということ。
なんで、んなことを書いてるのかと言えば、昨日「40歳過ぎて収入はアルバイトの2~3万円で親に頼って暮らしているという男性」の記事を読んだからだ。

40代ニートの彼は、とにかく諦めるのが早い。高校卒業後の就職活動も、アルバイトもちょっとやってみて楽しくなければ辞めてしまう。続かない。何事もやる気が出ない。

そんな彼だが、唯一行動する勇気というか、パワーが湧いてくるのは「演劇」らしい。演劇なら行動するパワーが湧いてくるのだが、演劇で生活して行けるだけの収入が得られるようには、いまだになっていない。

私自身の経験上でも、他の人の様子を見ていても、人は興味がないこと、面白くない事、やる価値がないと思っていることをやるのは、とても苦痛でエネルギーが必要となる。
スピリチュアル系の方の中には、「大好きなことだけを追いかけましょう。するとどんどんエネルギーが湧いてきて、物事がどんどん開けていきます」と耳触りの良い教えを説いている人もいる。まぁ、それについては賛成だ。好きこそものの上手なれというのは事実だと肌感覚で感じてる。

ただ、「嫌なことを無理してやるのはやめてしまいましょう。負のエネルギーが発生します」というスピリチュアル系意見を妄信してしまうことには疑問を感じる。
スピリチュアル系行き過ぎな方だと、「大好きなものを好きなだけ食べていても、自分は大丈夫!痩せるの!と思っていると、痩せます。思いは現実になるのです!」ってなのを叫んでるけど、どうなんだろうね。わたしは食べたら、食べた分太るんだけど、そういう方に「食べたら太ったよ?」って質問したら「心の底から信じられていないのです。もっと思いを強く持ちなさい」とか言われるんかな。

って、ついつい話がそれたわ。

私が言いたかったのは、40代ニートの彼はまるで幼稚園児のように素直に「やりたいことをやり、面白くないことはやらず」に過ごしてきたわけだ。幼稚園時代は良い。でも、大人になるにつれ、「やりたいことをやり、面白くないことはやらず」では「かわいいね」と言ってもらえる状況はなくなっていく。

やりなくないことを我慢してやり続けると、「うつ」になっちゃったりするので、なんでもお金のためなどで「やりたくない」ことをやるという行動にも疑問は持つんだけど、「やりたいことをやり、面白くないことはやらず」ってにも疑問を感じる。

時代背景や個々の生活環境によってどこまで「やりたいことをやり、面白くないことはやらず」を追いかけられるのか違ってくるんだろうけど、母としてその度合いを子どもにどう伝えるのかって問題がすごく難しいなと思ってる。

わたしには小学生の息子がいるんだけど、過労にもなってほしくないし、ニートにもなってほしくない。

夢を、じぶんがやっていること自体が楽しいことを追いかけて、生活するのに十分な収入を得ることができる大人になってくれるのが一番の理想。
ただ、夢を追いかけても、それでは生活するのに十分な収入を得るのが難しそうな場合、どうしたらいいんだろう。多くの人が、生活のために何らかの仕事に就くんだろう。それでうまく行けばいいんだけどね。

個人的にわたしは夢を叶えるためのコツは「強く願う」派ではなく、「叶ったら嬉しいけども、叶わなくても大丈夫」程度に願い、「頼まれることは神様からのプレゼント」だと捉えて、1つ1つやっていくことなんじゃないかと感覚的に思っている。

何にしても過去の経験は、自分の独自資源になっていくからね。

そうやって考えてみると、子ども時代なんて、やりたいことでも、やりたくないことでも、ダメ元で失敗してもいいから、とにかくいろんな行動を体験をするってのは大事かもしれないね。

チャレンジして失敗しても、はじめっからダメ元だったんだから、(親が勝手に妄想したような)成果がでないことを叱るのも無用だよね。

そういう意味では「何もしたくない」「何をしても面白くない」って鬱状態が一番怖いな。
過度な夢を見ない事と、食生活、体を動かすことである程度「鬱」は回避できるんじゃないかと思ってるんだけど、どうだろうねえ。

ま、母親として食事に気を使いつつ、母親である自分自身も体を動かし、過度な期待を抱かないように気を付けるとすっか。

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